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『鍼灸医術の門』 柳谷素霊著
 第十節 鍼灸治療方法の種々相(6/7)

(五)大久保適斎氏の鍼治論

 今、心、肺二臓の手術を頚交感神経に取り、各種の内臓刺点を腰椎に求むる時は、其の神経経絡、彼れ是れ相混じて、各器各別に奏効すること能はざるに似たり、是身体組織に於ては各々撰択機能あるを以て其の憂を脱る、猶薬味の身体に於けるが如し、抑も薬味の身体中に入るや、血管水脉に輸入し、全身各所均一に循環するも、其特異性に従つて患部にのみ奏効す、鍼治の刺戟も亦然り、全神経の実質分子の配列(神経痛に於て、解剖的変化を見ざるものあり、又著しく解剖的変化あるも、神経痛を発せざる事あり、故に神経痛の原因は神経の分子変化なりと見倣す説当を得たりとす)病体変化を起し、例へぱ胃痛を発すれぱ、常に他の刺戟を待ちて常体に復せんと欲するの状あり、故に一の刺戟其の局所に対して転換作用を呈し、其の他健康の神経は、其刺戟を要せざるを以て、之に抵抗し、刺戟をして他に通過せしめて顧みざるに職由す、是即ち一の撰択機能に他ならず、今術者刺戟の際患者疾患ある局部のみ、軽微或は強大なる掣痛様に感を覚知するを以て証すべし。
 而して頚部刺鍼刺入の寸法は、是を実地解剖に徴するに、第五頚椎と、結喉との周園に於て三十五センチの回りの存する人に当りては、第二位点に於て、直入関節突起に達するには四十センチ半を要し、鍼尖を僅かに外方に向けて進入して、横突起間、即ち頚神経前支の派出所に達するには六センチを要することを記憶して、手術に従事すべし、腹部内臓手術の三位点は、皆腰椎に於て、其の第一位点は、腰椎第一第二、或は第二第三の横突起間を目的とし、刺入すること、二寸乃至二寸五分、是れ大陽叢即ち内臓動脉軸叢及び大小内臓神経の支別に刺戟を伝搬するものにして、専ら胃肝の機能、(「マイヒルスト氏」曰く「肝に於て肝包の神経痛、及び灌漑性充血、代賞性充血、即ち反射的に血管運動神経に依るもの、又月経閉止に之を招き又月経閉期に達する婦人、若しくは子宮卵巣の疾患を憂ふる婦人に発し、或は常習失血の閉止に由て充血を発するものにあり、而して、肝充血の発生神経作用に重要の関係を有することを忘る可からず、例へば「フオンフレーリヒス氏」は動物に就き内臓神経節を切除するに由りて、充血を来すを見る、又「グラウデ・ベルナルト」氏は、神経中軸を刺戟するに由て、肝内の血量に変化を来すを見たり、故に充血を発するには神経力障碍に著しき関経を有するものならん、然れども身体の病理には、未だ其の機転を精検すること能はずと論ず。故に肝の充血に対し、刺戟其の病理に従つて、強弱軽重の刺鍼を謀り、益々研究すべし)及び尿の分泌を調理す、其の尿分泌の目的とするには、左側を要し、専ら胃の上に刺戟を与ふることを謀るべし、又腹の機能亢進し下痢あるものを鎮静す、 糞中の水は大抵百分中七十五%を佳とす、性酸性なり、而して糞便の厚薄は腹の蠕動に関し、其の機能亢進せば、腹内容物の通過疾速にして其液質吸収の暇なければ、水分増加して下瀉す、其の他神経切断に由り、或は他の事情に由り、腹神経及び淋巴管麻痺すれぱ下瀉す、此の時に当つては強直性刺戟を与ふべし、共の他、交感神経解剖上の関係、及び生理の詳細は、医師に質問すべし、之れ大小内臓神経の制止作用と、脈管収縮神経とを亢奮せしむるに由る。而して劇瀉の脈管及び尿崩の細尿管収縮を要するものは、持続性刺戟を行ふものとす、之に反して、「尋常下痢は 軽刺戟にして、専ら大小内臓神経、制止繊維を亢奮せしむるを可とす。
 さて鍼の妊娠子宮に及ぼす影響について述べると、最も能く確実に効を奏するものぱ第三位点に如かず、然れども臨産或は子宮の収縮を要せんと欲せぱ、漢家の謂肩井、合谷 三陰交に於て鍼するも可なり、今生理に由て考ふるに子宮の運動を発せしむるもの数多あり、直接刺戟と反射とに由るものは、第一は下腹神経叢、第二は薦骨神経叢の機する所の勃起神経(「エツクハルト」氏の)第三腰部薦骨部の脊髄にして(其の体を刺戟すれば最も強き運動を発す、此刺点、神経衰弱に因する陰萎に効あるも暴与に依つて後害の患あるを以て、其の詳細を論せず)其の反射に由るものは、坐骨神経と、膊神経叢(膊神経叢の中心を刺戟すべし)なり又人類に於ては乳房を刺戟すれぱ子宮の牧縮を発せしむ、故に肩井は、其針尖の方向に左右すれぱ、膊神経叢の中心に触るゝ可く、三陰交も亦この鍼尖を左右せば坐骨神経の末端に触るゝを以て、其の収縮を起さしむべし、而して漢家、曽て此の二点を妊婦に禁ず、誠に故あり其反射的作用収縮軀胎の患を発するや、未だ知るべからず、故に今暫く其の説に従つて是を避くるを可とするも臨産の排出を助け、不規則の陣痛を除くは前論の如く、第三位を必要とす、既に胎児発育中止のものは、正規の排出力に強盛を増加して、速かに排出を遂げ、産婦に徒らに努力せしめ、疲労を増加せしむるなく、且つ刺戟そのものゝ為に脱胎早産せしむるに非らざる事は出産胎児の現状に従つて、自ら明瞭なり、故に懐妊中も、第三位の如きは、敢て恐るゝものに非ず、是畢竟該点は、子宮保護の効あるを以て、其の主意を心念に置き従事すべし、是れ恰も近時医学の進歩に従ひ産婦に麻酔法を施し、或は四%の「コカイン」水を陰唇子宮頚部に塗擦して疼痛を減じ、而して其の排出は、之れに反して十分の働きを為し得る者とし、且つ、「キーネル」氏は感伝電気を用ひ疼痛を緩解すると同時に、陣痛排出力を強大ならしむるの効を説けり、刺鍼は電気を用ゆる法より簡易にして一層の便益あるを以て刺鍼の臨産に有効なる所以なり」といふてゐる。又一第三位点に於いて直腸に作用せしめんには四寸刺入す、又刺点正点十一位、回気鍼(水溝、彧中、神蔵、内臓第一位点) 五位、膀胱一位(曲骨より下斜一寸五分乃至二寸五分)横膈膜鍼三位(頚、腰、章門)歯痛鍼二位(聴会、頬車)刺鍼とて相当深刺してゐるのであるが、これ等は標治的深刺の法を見ることが出来る。

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