トップ豆知識
『鍼灸医術の門』 柳谷素霊著

第十六節 結語

 私は「鍼灸古典手引」を執筆し、鍼灸の本質的なるものを闡明し、明治以降の刺戟偏重主義、経絡経穴無用論者に対して我々の経絡治療を闡明しやうと企図してゐた、が、仲々その機会が得られなかつた。然も「医道の日本」はいち早くも「古典鍼灸手引」の広告まで出した、その手前もあり、著者たる私は困つたものだと思つた、が、一度はやらねばならぬ仕事である、ぽつぽつと原稿の原稿を整理して置いた。去る三月、九州一円並に中国大阪方面に於いて真摯なる鍼灸人と相語る機会に恵まれた。そして、経絡治療なるものをどうしても世に問はなくてはならぬとの志を堅くした。こゝに早急に稿をすゝめ「鍛灸医術の門」が出来上つた訳である。
 門はどこまでも門である。門から玄関に入り座敷に上り、堂奥に至つてもらいたい。そして立派な臨床家になつてもらいたい。玄関から家屋の大要は近き将来やがて稿を改めて読諸子にまみえることを約束して置きたい。
 過去数千年その道統を今に及んだ東洋医術は臨床の医学であつた。如何に病気を治そうかとの血の滲み出る古先賢の苦業の結晶であつた。こゝに独自の医学体系が樹立されたのである。
 病気の観察と自然科学的知識の組織を目的とする西洋医学とはおよそ信念が異るのである。
 治せばよいのだ。これが我々の天職なのだ、治す為めの学問、治す為めの修錬、治す為めの苦業、我々はよろこびをもつてやりとげやうではないか。
 その為めには斯の門を入り、その堂奥にある汗牛充棟もただならぬ、東洋医籍の真髄と不易の真理を逞しき意欲を熱火と燃して、いどみ取らうではないか。
 この気持で私はこの門を閉ぢる。

<<前へ  |  目次  |  次へ>>